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室井滋の母は皇室に仕えていた!秩父宮妃勢津子さまとの関係|離婚後の再会も解説

公開日: : 俳優・女優

室井滋さんは、ドラマ『やっぱり猫が好き』や映画『居酒屋ゆうれい』などで知られる俳優です。飾らない話し方と味のある演技で親しまれ、エッセイストや絵本作家としても長く活動しています。

そんな室井滋さんについて、特に注目されているのが「母親は皇室関係者だったのか」という疑問です。結論からいうと、母親が皇族だったわけではありません。ただし、室井滋さんが20歳を過ぎて再会した際、母親は秩父宮妃勢津子さまに仕える立場になっていたと紹介されています。

この記事では、室井滋さんの母と皇室の関係を中心に、両親が離婚した理由や母との再会、父親・祖母との生い立ちを詳しく見ていきます。あわせて、実家や家族構成、学歴、デビューまでの経歴、2026年現在の活動も紹介します。

室井滋の母は皇族ではなく秩父宮妃勢津子さまに仕えていた

室井滋さんの母と皇室の関係については、単なる名字や家柄から生まれた噂ではありません。2012年9月21日に室井滋さんが初出演したテレビ朝日系『徹子の部屋』で、母親に関するエピソードが取り上げられています。

ただし、「皇族の一員だった」「皇室と血縁関係がある」という意味ではありません。確認できるのは、室井滋さんの母が秩父宮妃勢津子さまに仕えていたという関係です。

『徹子の部屋』で明かされた母と皇室の関係

2012年の『徹子の部屋』では、室井滋さんが小学生の頃に両親が離婚し、母親と離れて暮らすようになったことが紹介されました。

放送当時の番組予告を記録した記事には、室井滋さんが20歳を過ぎて母親と再会し、そのとき母親は「秩父宮妃にお仕えする身となっていた」と記されています。

つまり、室井滋さんの母は両親の離婚後、秩父宮家に関わる仕事に就いていたことになります。室井滋さん自身が番組で母との別れや再会について語ったことが、「室井滋の母は皇室関係者」という話の出どころになったのでしょう。

小学生の頃に別れた母親と大人になって再会し、その母親が宮家に仕えていたという経歴には、驚いた人も多かったはずです。ネット上で長く関心を集めているのも、この意外性が大きいように感じます。

秩父宮妃勢津子さまとはどのような皇族?

室井滋さんの母が仕えていたとされる勢津子さまは、秩父宮雍仁親王の妃です。秩父宮雍仁親王は大正天皇の第2皇男子で、昭和天皇の弟にあたります。

宮内庁の「旧秩父宮」によると、勢津子さまは1909年9月9日、外交官などを務めた松平恒雄の長女として誕生しました。1928年に秩父宮雍仁親王と結婚し、宮中行事のほか、国際親善や厚生、スポーツ、学術研究を支える活動にも携わっています。

秩父宮雍仁親王が1953年に亡くなった後も、勢津子さまは結核予防会総裁などを務め、1995年8月25日に85歳で亡くなりました。

室井滋さんが20歳を過ぎたのは1970年代末から1980年代初めです。勢津子さまが存命で公的活動を続けていた時期と重なるため、母親が勢津子さまに仕えていたという時系列にも矛盾はありません。

母親は女官だった?10年以上仕えたという情報も確認

ネット上では、室井滋さんの母について「秩父宮家の女官だった」「勢津子さまに10年以上仕えた」という情報も広がっています。

しかし、2012年の『徹子の部屋』の予告で確認できる表現は、「秩父宮妃にお仕えする身となっていた」というものです。母親の具体的な役職名や担当業務、勤務を始めた年、正確な在職期間までは示されていません。

皇族に仕える女性を広い意味で「女官」と表現することはありますが、室井滋さんの母の正式な職名が女官だったと確認できる一次資料は、広く公開されている範囲では見当たりません。「10年以上」という期間も複数の人物紹介サイトで書かれている一方、その根拠となる本人の発言や番組映像までは確認できませんでした。

そのため、現時点で確実にいえるのは、母親が秩父宮妃勢津子さまに仕えていたというところまでです。「女官」「10年以上」という詳しい部分は、断定せず分けて扱う必要があります。

母親に皇室の血筋があるわけではない

「室井滋の母は皇室」と聞くと、母親が皇族出身だったり、室井滋さん自身に皇室との血縁があったりするようにも受け取れます。しかし、そのような事実は公表されていません。

母親は皇族ではなく、秩父宮妃勢津子さまに仕える仕事をしていた人物です。室井滋さんが皇室の親族であるという意味ではありません。

一方、室井滋さんの父方の実家が富山県で代々続いてきた旧家だったことは、本人が複数のインタビューで明かしています。由緒ある家柄と母親の皇室に関わる仕事が結び付けられ、「室井滋の家系そのものが皇室と関係している」という話へ広がった可能性もありそうです。

室井滋の母親はどんな人?両親の離婚と20歳過ぎの再会

室井滋さんの母は一般人で、名前や生年月日、顔写真などは広く公表されていません。一方、室井滋さんが語った父親との関係や『徹子の部屋』の内容から、母親と離れて暮らすようになった経緯は分かっています。

母親の話だけを切り取ると華やかな経歴に見えますが、その前には夫婦関係の悪化と娘との別れがありました。簡単な成功談としてまとめられる人生ではなかったことがうかがえます。

母親の実家は薬の製造会社を営んでいた

2014年の『女性自身』のインタビューで、室井滋さんは父親が母親の実家から薬を仕入れ、行商していた時期があったと語っています。

この発言から、母親の実家は薬の製造に関係する会社を営んでいたことが分かります。ただし、会社名や所在地、母親自身がその会社で働いていたのかどうかまでは明らかにされていません。

なお、富山県は古くから「置き薬」で知られる地域です。室井滋さんの父親が薬を仕入れて売り歩いていたことも、富山の土地柄と重なるエピソードですね。

両親が離婚した理由は父親の酒や奔放な生活

室井滋さんの父親は、早稲田大学在学中に書いた小説が『早稲田文学』に掲載され、作家として期待されていた人物でした。しかし、父方の祖父が病気になったため、家業を継ぐ目的で富山へ戻ります。

その後は家業を祖母に任せ、高校の英語教師になりました。ただ、作家になる夢を諦めきれずに教職を辞め、自宅で塾を開いたり、薬を行商したりしながら小説を書き続けていたそうです。

出版社への持ち込みが思うような結果につながらず、父親の酒量は次第に増えていきました。長期間の取材旅行などで家を空けることもあり、母親との関係が悪化。室井滋さんが小学校高学年の頃、両親は離婚することになりました。

両親の離婚を「母親が突然いなくなった」とだけ説明する記事もありますが、室井滋さん本人の発言では、父親の飲酒や不安定な生活が夫婦関係に影響したことが語られています。

離婚後は室井滋が父親との生活を選んだ

両親の離婚後、室井滋さんは自分で父親との生活を選びました。そのため、父親と父方の祖母との3人暮らしが始まります。

神奈川県のインタビューでも、室井滋さんは小学校高学年のときに両親が離婚し、父親と年老いた祖母との生活に変わったと説明しています。

母親が室井滋さんを嫌って家を出た、親子が絶縁したという事実は確認できません。離婚当時の詳しい親権事情や、室井滋さんが父親を選んだ気持ちについても、本人はすべてを明かしているわけではありません。

母親と離れたという事実だけから、親子関係が悪かったと決めることはできないでしょう。大人になってから再会できたという経緯を見ると、長く離れていても完全に縁が切れていたわけではなかったことが分かります。

20歳を過ぎて母親と再会

室井滋さんが母親と再会したのは、20歳を過ぎてからです。室井滋さんは早稲田大学への進学を機に富山から上京しているため、再会は大学時代か、その後の若手俳優時代だったとみられます。

再会した母親が秩父宮妃勢津子さまに仕えていたことを知り、室井滋さんも驚いたのではないでしょうか。ただし、再会した瞬間の詳しい会話や、その後どの程度交流していたのかは広く公表されていません。

離婚した母親について室井滋さんが長年ほとんど語ってこなかったこともあり、2012年の『徹子の部屋』では「これまで明かすことのなかった話」として紹介されました。母との関係は、室井滋さんにとって簡単に言葉にできる話題ではなかったのかもしれません。

室井滋の父親・祖母・兄弟など家族構成

室井滋さんは、両親と室井滋さんの3人家族として生まれた一人っ子です。両親の離婚後は、父親と父方の祖母との3人で高校卒業まで暮らしました。

母親と離れてからの室井滋さんを育てたのは、父親と祖母です。現在の俳優・作家としての活動には、この2人と過ごした時間が大きくつながっています。

父親は英語教師で小説家を目指していた

室井滋さんの父親は、早稲田大学出身の元高校英語教師です。大学時代から小説を書き、作家になる夢を持ち続けていました。

一方、飲酒や競輪・競艇にのめり込む奔放な一面もあったといいます。一般的には「だめな父親」と評価されかねない生活でしたが、室井滋さんは父親を立派な人だったと受け止めていました。

父親は、室井滋さんが映画や芝居を観ることに理解を示し、鑑賞後に感想文を書けばチケット代を渡していました。観た作品の半券をノートに貼り、感想を書いて父親に見せる交換日記のようなやり取りが、後の演技や執筆につながっています。

室井滋さんは、父親との交換日記がなかったら現在の自分はなかったと語りました。生活面では不安定なところがあっても、娘の感性を否定せず、進む方向を示してくれた存在だったのでしょう。

父親は48歳で肝硬変により死去

室井滋さんの父親は、酒によって体を壊し、肝硬変を患いました。そして室井滋さんが早稲田大学に在学していた頃、48歳の若さで亡くなっています。

亡くなる少し前、父親は数百万円を持って上京し、競艇や競輪へ通っていました。室井滋さんは父親を叱りながらも、風邪気味だった父親にマフラーを買い、首に巻いて新宿駅で見送ったそうです。それが親子の最後の別れになりました。

2023年の『徹子の部屋』でも父親との最期が取り上げられ、番組紹介では「父の影響で俳優としての道が開かれた」と説明されています。

破天荒な部分だけではなく、娘の芸術への関心を応援した父親の姿まで知ると、室井滋さんが父親を大切に思い続けた理由が見えてきます。

祖母が母親代わりだった

両親の離婚後、室井滋さんの母親代わりになったのが父方の祖母です。室井滋さんは祖母と顔が似ており、「双子のように仲良しだった」と振り返っています。

しかし、祖母は室井滋さんが中学生になる頃から認知症の症状が進みました。オムレツの具に輪ゴムを入れたり、食事をしたことを忘れたりすることもあったといいます。

父親が家にいないことも多く、若い室井滋さんが祖母と向き合う時間は長くなりました。認知症の祖母との生活を語ったインタビューでは、室井滋さんが大学へ進学する頃、祖母は地域の病院へ入ったことも明かされています。

祖母との経験は、絵本『しげちゃんと じりつさん』や『会いたくて 会いたくて』などの創作にもつながりました。テレビで見せる明るさの奥に、家族との別れや介護を経験した人ならではの視点があることが分かります。

兄弟姉妹はおらず一人っ子

室井滋さんは一人っ子です。朝日新聞系のインタビューでも、両親が幼い頃に離婚し、自分は一人っ子だったため、祖母から多くのことを教えてもらったと語っています。

兄弟姉妹がいなかった一方、室井家の本家には親戚が頻繁に出入りしていました。本人によると、いとこや年齢の違う子供、大人たちに囲まれて育ったため、静かな一人っ子家庭とは少し違う環境だったそうです。

人の会話や行動を観察しながら育った経験も、多様な人物を演じる力や、日常の出来事を面白く切り取るエッセイにつながっているのかもしれません。

室井滋の実家は富山県で10代続く旧家

室井滋さんは、1958年10月22日に富山県滑川市で生まれました。実家の室井家は、江戸時代から造り酒屋や荒物屋などの商売をしてきた家です。

父親が9代目の跡取りで、室井滋さんは10代目にあたります。母親の実家である薬の製造会社とは別に、父方の室井家も代々商売を営んできました。

荒物問屋などを営んだ室井家の本家

室井滋さんの実家は、富山県の海沿いにある商店街で商売を続けてきた家でした。荒物とは、ほうきやざる、鍋、日用品などを指す言葉です。

室井家には祖父母も同居し、親戚が頻繁に訪れるにぎやかな家庭だったといいます。ただし、「10代続く旧家」という事実だけで、現在まで莫大な資産を所有する大金持ちだったとは断定できません。

父親が家業よりも教師や作家への道を選び、祖母が商売を支えていた時期もあります。家柄の格式だけでは説明できない、複雑な家庭環境があったことが分かります。

「室井」という名字を大切にしてきた

室井滋さんにとって「室井」は、単なる芸名ではありません。10代続いた家の歴史や、父親・母親とのつながりを感じる大切な名字でした。

2012年の『徹子の部屋』でも、名字の後ろに父や母がついているように感じるため、「室井」という名前を大切にしていると語ったことが紹介されています。

母親と離れて育ったからこそ、父と母の両方につながる自分の名前を残したいという気持ちがあったのかもしれません。家族との関係を単純に良い・悪いで分けず、名前を通して抱え続けてきたところに、室井滋さんらしい家族観が表れています。

室井滋のプロフィール・本名・学歴

室井滋さんは俳優としてだけでなく、エッセイスト、絵本作家、ナレーター、ラジオパーソナリティーとしても活動しています。

「滋」という名前が男性名のように見えるため芸名と思われることもありますが、室井滋は本名です。

項目 内容 補足
名前 室井滋 公式表記
読み方 むろい・しげる 「滋」は本名
生年月日 1958年10月22日 2026年8月現在67歳
出身地 富山県滑川市 公式プロフィールなどで確認
国籍 日本 国内公式情報に基づく
血液型 O型 公開プロフィール
身長 160cm 公開プロフィール
職業 俳優・エッセイスト・絵本作家 ナレーションなどでも活動
所属 ホットロード 2026年現在
出身高校 富山県立魚津高等学校 卒業と紹介されている
大学 早稲田大学社会科学部 在学中に俳優活動を開始
家族 一人っ子 両親の離婚後は父・祖母と生活
パートナー 長谷川和彦 事実婚関係、2026年死去
現在の役職 高志の国文学館館長 2023年4月就任

小学校・中学校は公式には詳しく公表されていない

室井滋さんは富山県滑川市で小学校・中学校時代を過ごしました。小中学生の頃はクラス委員を務めるようなタイプだったと、本人が語っています。

一方、出身小学校と出身中学校の正式名称は、所属事務所のプロフィールや本人の主要なインタビューでは公表されていません。ネット上には具体的な学校名もありますが、公式情報として断定できる段階ではありません。

小学校高学年で両親が離婚し、中学生になる頃には祖母の認知症も進んでいました。家庭では難しい出来事が続きましたが、学校では周囲に気を遣い、委員を引き受ける一面があったようです。

高校は富山県立魚津高校

室井滋さんの出身高校は、富山県立魚津高等学校です。高校時代も映画や芝居を頻繁に観ており、その感想を父親との交換日記に書いていました。

高校2年生のとき、クラスの出し物で脚本・演出・主演を担当したことが転機になります。上演した劇は観客が涙を流すほど好評で、室井滋さんは芝居の面白さに目覚めました。

演劇部員ではなかった室井滋さんに、先生や友人が演出を任せたことも興味深いところです。当時から、作品を見る量や物語を作る力が周囲に知られていたのでしょう。

早稲田大学社会科学部へ進学

高校卒業後は父親の母校でもある早稲田大学へ進学しました。早稲田大学校友会の記事では、室井滋さんが社会科学部に入学し、大学近くのアパートで学生生活を始めたことが紹介されています。

入学後は演劇サークルを探し、シネマ研究会にも所属。8ミリ映画を中心とした自主制作映画に次々と出演し、「自主映画の女王」と呼ばれるようになりました。

大学を卒業したという情報と中退したという情報が混在していますが、一般には早稲田大学社会科学部中退と紹介されています。少なくとも、大学在学中から俳優活動へ深く入り込んでいたことは、本人や大学のインタビューでも確認できます。

室井滋の経歴と2026年現在の活動

室井滋さんは、早稲田大学在学中の1981年に映画『風の歌を聴け』で劇場映画デビューしました。その後は映画や小劇場を中心に経験を積み、1988年に始まったドラマ『やっぱり猫が好き』で広く知られるようになります。

俳優だけでなく、文章や朗読、絵本にも活動を広げた背景には、父親との交換日記や祖母との生活がありました。

自主映画の女王から人気俳優へ

大学時代の室井滋さんは、知り合った監督たちの自主映画へ次々と出演していました。複数の出品作に室井滋さんが登場していたため、映画祭の審査員からも「どの作品にも出演している」と言われたそうです。

生活を支えるために経験したアルバイトは、単発の仕事を含めて約100種類。昼はアルバイト、夜は稽古や撮影という生活を送りました。

芸団協のロングインタビューでは、室井滋さんが上京後の生活を「パラダイスだった」と振り返っています。家庭で難しい時間を過ごした室井滋さんにとって、芝居へ打ち込める環境そのものが喜びだったのでしょう。

『やっぱり猫が好き』『居酒屋ゆうれい』で人気に

1988年に放送が始まった『やっぱり猫が好き』では、もたいまさこさん、小林聡美さんと三姉妹を演じました。台本を土台にした自由な掛け合いが人気となり、室井滋さんの個性的な存在感が広く知られるきっかけになります。

1994年公開の映画『居酒屋ゆうれい』では、日本アカデミー賞最優秀助演女優賞やブルーリボン賞助演女優賞などを受賞しました。その後も『のど自慢』『OUT』『ヴィヨンの妻~桜桃とタンポポ~』などで高く評価されています。

ドラマでは『心療内科医・涼子』『14才の母』『ドクターX~外科医・大門未知子~』『花子とアン』などに出演しました。母親役を演じる機会も多いため、「室井滋 母親役」と調べる人もいますが、作品内の母親役と実母の皇室に関する話は別の内容です。

エッセイスト・絵本作家としても活躍

室井滋さんは1991年にエッセイ集『むかつくぜ!』を発表し、ベストセラーとなりました。日常の出来事や旅先のハプニングを独特の視点で描き、エッセイストとしても人気を集めます。

2011年には、自分の名前にまつわる幼少期の実話をもとにした絵本『しげちゃん』を出版。その後も長谷川義史さんらと「しげちゃん一座」を結成し、全国で絵本と音楽のライブを開催しています。

俳優、エッセイ、絵本という活動は別々に見えますが、どれも人物や日常を観察し、物語として届ける仕事です。父親に映画の感想を書いて見せた少女時代から、現在まで一本の線でつながっているように感じられます。

2026年現在は高志の国文学館館長も務める

室井滋さんは2023年4月、富山県立高志の国文学館の2代目館長に就任しました。高志の国文学館の公式サイトでは、俳優・随筆家・絵本作家として活動しながらも、心は常に故郷にあると述べています。

2026年現在もホットロードに所属し、テレビ、映画、ナレーション、ラジオ、朗読、執筆など幅広い活動を続けています。所属事務所の公式情報には、地元富山のラジオ番組や「しげちゃん一座」の絵本ライブなどが掲載されています。

実家を離れて東京で俳優になった室井滋さんが、現在は故郷の文学館から富山の文化を発信しているところにも、家族や土地とのつながりを大切にする姿勢が表れています。

室井滋の結婚・パートナー・子供

室井滋さんには法律上の結婚歴は確認されていませんが、映画監督の長谷川和彦さんと30年以上にわたって事実婚関係にありました。

2人の間に子供はいません。室井滋さんは入籍しない理由の一つとして、10代続いた「室井」という名字を残したい気持ちを語ってきました。

長谷川和彦と30年以上の事実婚関係

長谷川和彦さんは、映画『青春の殺人者』『太陽を盗んだ男』を監督した人物です。作品数は少ないものの、日本映画界で高い評価を受け、「伝説の映画監督」と呼ばれてきました。

室井滋さんは2019年放送の『ダウンタウンなう』で、長谷川和彦さんと30年以上一緒に暮らしていることを公表。一方で、「事実婚のつもりもあまりない」と独特の関係性を説明しています。

室井滋さんは長谷川和彦さんについて、夫というより父親に近い存在だと語っていました。自由奔放で創作へ没頭するところが、亡くなった父親と重なって見えていたそうです。

長谷川和彦は2026年1月に死去

長谷川和彦さんは2026年1月31日、東京都内の病院で亡くなりました。80歳でした。室井滋さんがパートナーとして喪主を務めています。

2人は最後まで法律上の婚姻届を出さない関係でした。長谷川和彦さんの死去後の報道では、長谷川さんが室井姓を残したいという室井滋さんの考えを尊重し、入籍しなかったと過去に語っていたことも紹介されています。

室井滋さんにとって「室井」という名字は、父方の家だけを示すものではありません。本人が語ったように、その後ろには離れて暮らした母親もいるのでしょう。皇室に仕えた母との再会まで含めて考えると、室井姓を大切にしてきた理由がより深く伝わってきます。

室井滋の母と皇室・家族に関するまとめ

  • 室井滋さんの母は皇族ではない
  • 母親は秩父宮妃勢津子さまに仕えていた
  • 2012年の『徹子の部屋』で母と皇室の関係が取り上げられた
  • 「女官」「10年以上勤務」という詳しい役職や期間は一次資料で確認できない
  • 母親の名前・生年月日・顔写真は公表されていない
  • 母親の実家は薬の製造に関係する会社を営んでいた
  • 父親の飲酒や不安定な生活が影響し、室井滋さんが小学校高学年の頃に両親が離婚した
  • 離婚後の室井滋さんは、自ら父親との生活を選んだ
  • 母親とは20歳を過ぎてから再会した
  • 父親は元高校英語教師で、小説家を目指していた
  • 室井滋さんは一人っ子で、父親と父方の祖母に育てられた
  • 実家の室井家は富山県で江戸時代から商売を続けてきた旧家
  • 早稲田大学在学中に自主映画へ出演し、1981年に劇場映画デビューした
  • 2026年現在は俳優・作家として活動し、高志の国文学館館長も務めている

室井滋さんの母と皇室の関係は、血筋ではなく、母親が秩父宮妃勢津子さまに仕えていたというものです。母との別れ、父親の死、祖母の介護などを経験しながらも、室井滋さんは家族の記憶を演技や文章、絵本へ変えてきました。明るくユーモラスな姿の奥にある家族との歩みを知ると、室井滋さんの作品や言葉が以前とは少し違って見えてくるのではないでしょうか。

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    現在長崎県は長崎市に住んでいる団塊世代の親父です。

    団塊世代とはなりましたが、老け込むにはまだまだ先の話。
    今は時間の制限も無く、1日置きに介護事業所の送迎車の運転手として勤めながら、適度の運動(ウオーキング程度)と妻・愛猫のクウちゃんと面白おかしく日々を過ごしております。

     

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