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広瀬光治の編み物がすごい!作品・教室・あみものワールドや本・現在を解説

公開日: : 実業家・経営者

「ニット界の貴公子」として知られる広瀬光治さんは、長年にわたって日本の編み物文化を広めてきたニットデザイナーです。華やかで繊細なニット作品だけでなく、テレビ番組での分かりやすい指導や上品な話し方でも人気を集めました。

特に気になるのが、広瀬光治さんがどのような編み物作品を作っているのか、本人から習える編み物教室があるのかという点です。近年は公式YouTube「広瀬光治のあみものワールド」も運営しており、初心者が挑戦しやすい小物から本格的なウェアまで幅広く紹介しています。

この記事では、広瀬光治さんが編み物を始めたきっかけやニットデザイナーになるまでの歩み、代表的な作品の特徴を詳しく解説します。あわせて、編み物教室や作品展、動画、編み図、編み物本、71歳となった現在の活動も一つずつ見ていきます。

広瀬光治の編み物は何がすごい?ニット界の貴公子の歩み

広瀬光治さんの編み物について、まず押さえておきたいポイントは次のとおりです。

  • 中学から高校時代に編み物を始めた
  • 会社員として働きながら専門学校の夜間部に通った
  • 日本ヴォーグ社で編集者や講師を経験した
  • NHKの番組出演をきっかけに全国的な人気を得た
  • 現在は技術を次の世代へ伝える活動に力を入れている

広瀬光治の編み物は繊細な模様と華やかなデザインが魅力

広瀬光治さんの編み物が支持されている大きな理由は、確かな技術と華やかなデザインを両立させている点です。

伝統的な模様をそのまま再現するだけではなく、模様の組み合わせや糸の色、シルエットに独自の工夫を加えています。セーターやカーディガンといった衣服だけでなく、帽子、バッグ、手袋、マフラーなど、作品の種類も豊富です。

広瀬光治さんの作品には、細かな模様が連続する本格的なニットがある一方、初心者でも編みやすい直線的なベストや小物もあります。高度な技術を持ちながら、編み物を始めたばかりの人にも入り口を用意しているところが、長く親しまれている理由なのでしょう。

テレビでは上品な雰囲気が注目されがちでしたが、広瀬光治さんの人気を支えているのは、50年以上にわたって積み重ねてきた編み物の技術です。ここはきちんと分けて見ておきたいですね。

編み物を始めたきっかけは母親の洋裁と同級生だった

広瀬光治さんは1955年1月28日、埼玉県で生まれました。

母親が洋裁の仕事をしていたため、幼いころから洋服の本を見る機会が多かったそうです。小学生のころにはバービー人形の洋服を自分で作っており、両親から「男の子なのに」と止められることもありませんでした。

公開プロフィールには、中学生のころにマフラーや手袋を編み始めたと記載されています。その後、高校で同級生の女子生徒が編み物をしている姿を見て、自分も本格的に挑戦するようになりました。

最初に作ったのは手袋でしたが、ゲージの取り方などが分からず、本を見ても思うように仕上がらなかったといいます。ゲージとは、一定の大きさの中に何目・何段入るかを測り、完成サイズを調整するための基準です。

広瀬光治さんは自分で型紙を作り、型紙に合わせながら編む方法を考えました。さらに、既存の作品をそのまままねるのではなく、複数の模様を組み合わせてオリジナル作品を完成させています。

編み物を始めたばかりの高校生が、うまくいかないからと諦めるのではなく、自分で型紙まで作ったのは驚きですよね。この試行錯誤が、後のニットデザイナーとしての土台になりました。

水産会社の経理からニットデザイナーへ転身

広瀬光治さんは高校卒業後、すぐに編み物の仕事へ進んだわけではありません。水産会社に就職し、経理部で働いていました。

会社員として働く一方で、当時東京都港区西麻布にあった霞ヶ丘技芸学院の夜間部へ通います。そこで編み物やレースを本格的に学び、22歳で学院を卒業しました。

ちょうどそのころ、日本ヴォーグ社への転職が決まります。日本ヴォーグ社は、手芸や編み物の書籍・雑誌を数多く発行してきた出版社です。広瀬光治さんは1978年に入社し、編み物雑誌の編集や講習会の講師を担当しました。

最初は編み物講師を対象に教えていましたが、やがて一般の愛好家にも指導するようになります。女性が多かった編み物の世界で、男性講師である広瀬光治さんは目立つ存在となり、技術と華やかな雰囲気の両方で人気を集めました。

1993年にはNHK『おしゃれ工房』に出演し、テレビデビューを果たします。その後は『趣味悠々』などにも出演し、「ニット界の貴公子」と呼ばれるようになりました。

1999年、44歳で日本ヴォーグ社を退社して独立しています。会社員を続けながら趣味を深め、やがて編み物を生涯の仕事にした流れは、かなりドラマチックですよね。

広瀬光治のプロフィール

項目 内容 補足
名前 広瀬光治 読み方は「ひろせ・みつはる」
生年月日 1955年1月28日 公式プロフィールなどで確認
年齢 71歳 2026年7月時点
出身地 埼玉県 旧与野市、現在のさいたま市中央区周辺
職業 ニットデザイナー 編み物の指導や作品制作も行う
学歴 霞ヶ丘技芸学院卒業 会社員時代に夜間部へ通学
前職 水産会社経理部 高校卒業後に就職
元勤務先 日本ヴォーグ社 1978年入社、1999年退社
主な役職 霞ヶ丘技芸学院院長 編み物やレースの指導に携わる
テレビ初出演 1993年 NHK『おしゃれ工房』
愛称 ニット界の貴公子 華やかな作品と上品な雰囲気から定着
公式動画 広瀬光治のあみものワールド 2022年にYouTubeを開始

生年月日や経歴は本人インタビューやプロフィールで確認できます。身長、体重、血液型については、広く共有されている公式プロフィールでは明確に公表されていません。

広瀬光治のニット作品はセーターからニット帽まで幅広い

広瀬光治さんは、着用するウェアから日常的に使える小物まで、多彩な作品を発表しています。

  • セーターやカーディガンなどのウェア
  • 伝統模様を取り入れたニット
  • ニット帽やベレー帽
  • バッグやポシェット
  • 手袋やマフラー
  • レースやモチーフを使った芸術作品

伝統模様を生かした華麗なニットが代表作

広瀬光治さんの代表的な作風として挙げられるのが、複数の模様編みを組み合わせた華麗なニットです。

アラン模様や編み込み模様、透かし模様など、昔から伝わる技法を大切にしながら、色や形を現代的に仕上げています。アラン模様は、縄や生命の木などを思わせる立体的な模様を組み合わせる編み方です。

著書『華麗なニット 模様編み250』には、過去の本に掲載された模様から、広瀬光治さん自身が着用した作品に使われた模様まで収録されています。250種類という数からも、模様編みに対する研究の深さが伝わってきます。

伝統的な柄を使っていても、昔ながらの重い印象にならず、華やかで上品に見えるのが広瀬光治さんの作品です。模様そのものだけでなく、どの糸を選び、どのような形に仕上げるかまで考え抜かれています。

バッグや手袋など日常で使える作品も多い

広瀬光治さんの作品は、美術品のような豪華なニットだけではありません。

公式の編み図販売ショップでは、モールヤーンを使ったバッグ、ベビーベスト、シェル編みの指なし手袋、編み込み模様のポシェット、ペットボトルカバーなどの編み図が扱われています。

完成作品を販売しているのではなく、自分で編むための編み図をダウンロード版や郵送版で購入できる仕組みです。編み図には、作り方を紹介するYouTube動画へつながるQRコードも記載されています。

動画を見ながら手元の編み図を確認できるため、文章や記号だけでは分かりにくい部分も学びやすくなっています。長年のファンだけでなく、動画から広瀬光治さんを知った人でも作品作りに挑戦できるのはうれしいところですね。

広瀬光治のニット帽はベレー帽やアラン模様が人気

広瀬光治さんのニット作品の中では、ニット帽にも関心が集まっています。

公式YouTubeでは、かぎ針を使って玉編みで作るふっくらとしたベレー帽や、アラン模様風のニット帽などが紹介されています。玉編みは、複数の目をまとめて編み、丸く膨らんだ立体感を出す技法です。

ベレー帽の動画では、鎖編み、細編み、玉編みといった比較的基本的な技法を使いながら、見栄えのする作品へ仕上げています。チャンネル内でも多く視聴されている動画の一つです。

アラン模様風の帽子は「表引き上げ長編み」と「裏引き上げ長編み」を組み合わせ、かぎ針でも伸縮性のある立体的な編み地を作っています。サイズや長さを調整できるため、自分用だけでなくプレゼントにも向いています。

豪華なウェアを編むのは難しそうでも、帽子なら挑戦しやすいと感じる人も多いはずです。広瀬光治さんのデザインを身近に楽しめる作品として、ニット帽が注目されるのも分かりますね。

作品展では生徒と作り上げたニットも展示

広瀬光治さんは、教室の生徒とともに作品展も開催してきました。

2023年1月には、東京都港区のグランドプリンスホテル高輪にある貴賓館で「広瀬光治とITO ASOBI作品展・2023」が開催されています。広瀬光治さんと生徒による作品が展示され、会期中には本人のトークショーも行われました。

過去には、961枚のかぎ針モチーフをつないだ「無限のモチーフ」や、レースで作った地球儀など、大規模な作品にも取り組んでいます。衣服として着るニットだけでなく、空間を彩る芸術表現へ発展させている点も特徴です。

また、金沢21世紀美術館では、西山美なコさんと共同で「ニットカフェ・イン・マイルーム」という長期型の展覧会を行ったことがあります。来場者が編み物に参加できる企画も実施され、見るだけではない作品展となりました。

広瀬光治さんにとって作品展は、完成品を並べるだけの場所ではなく、編み物の楽しさや人と人とのつながりを伝える場でもあるのでしょう。

広瀬光治の編み物教室はどこ?初心者も参加できる?

広瀬光治さんから編み物を習いたい人にとって、教室の場所や参加条件はかなり気になるポイントです。

  • 霞ヶ丘技芸学院で指導している
  • 広瀬光治さんのクラスは経験不問と紹介された
  • 20代から80代まで幅広い生徒が通っている
  • 本人が直接教える教室と、技術監修した講座は異なる

霞ヶ丘技芸学院の院長として編み物を指導

広瀬光治さんは、東京都港区にある霞ヶ丘技芸学院の院長を務めています。

霞ヶ丘技芸学院は1949年に創立された編み物やレースの学校で、編物手芸科やレース手芸学科が設けられてきました。専門的に学び、師範資格を目指せる学校として長い歴史があります。

広瀬光治さん自身も、水産会社で働いていた時代に同学院の夜間部へ通いました。かつて自分が学んだ学校で、現在は院長として後進を育てていることになります。

2024年のインタビューでは、広瀬光治さんが直接指導するクラスについて、経験の有無に関係なく、それぞれが自由に作品を作れると紹介されていました。

北海道や鹿児島など遠方から通う生徒もおり、年齢層は20代から80代までと幅広いそうです。広瀬光治さん本人から学びたいという思いで、長年通い続けている生徒もいます。

初心者でも広瀬光治から習える可能性がある

広瀬光治さんの直接指導クラスは、少なくとも2024年の取材時点では経験不問とされていました。

編み物学校と聞くと、製図や難しい模様編みをすでに習得している人向けに感じるかもしれません。しかし、広瀬光治さんのクラスでは、孫やペットの洋服など、生徒が作りたいものに合わせて指導していたといいます。

広瀬光治さんは当初、70歳まで学院で教える計画を立てていました。しかし、10年、20年と通い続ける生徒がいることから、生徒がいる限り続けたいと話していました。

現在の募集状況や開講日、受講料については、公開されている過去の記事だけでは確定できません。参加を検討する場合は、霞ヶ丘技芸学院や広瀬光治さんの公式SNSで最新案内を確認する形になります。

71歳になった現在も動画で新しい編み方を紹介しているため、編み物の指導そのものから完全に退いたわけではありません。長年の生徒との関係が、教室を続ける力になっていることが伝わってきますね。

広瀬光治監修の教室と本人の直接指導は別

全国には「広瀬光治監修」と紹介される編み物講座もあります。

代表的なのが、かぎ針編みを体系的に学ぶ「クロッシェカフェ」です。広瀬光治さんが技術監修を行い、基礎から応用まで123種類のテクニックを学べるカリキュラムが用意されています。

ただし、「広瀬光治監修」は、広瀬光治さん本人が毎回教室に来て直接指導するという意味ではありません。監修した教材を使い、認定を受けた講師などが教える形式の教室もあります。

本人に直接習いたい場合は講師欄を確認し、広瀬光治さん自身の名前が記載されているかを見る必要があります。基礎を近くの教室で学びたい場合は、監修講座も選択肢になるでしょう。

広瀬光治のあみものワールドは初心者にも分かりやすい

広瀬光治さんの編み物を自宅で学びたい人には、公式YouTube「広瀬光治のあみものワールド」があります。

  • 2022年にチャンネルを開設
  • かぎ針、棒針、アフガン編みなどを紹介
  • 初心者向け小物からウェアまで扱う
  • 過去作品や編み物にまつわる話も公開
  • 一部作品は編み図を購入できる

2022年に公式YouTubeをスタート

「広瀬光治のあみものワールド」は、広瀬光治さん本人による公式YouTubeチャンネルです。

知人から、長年身につけてきた技術を残すためにYouTubeを始めてはどうかと勧められ、2022年7月に配信を開始しました。編み方の解説に加え、過去に作った作品の紹介や編み物についてのトーク、生配信なども行っています。

広瀬光治さんは、難しい技術を紹介する動画よりも、100円ショップで購入できる糸を使った簡単な作品のほうが多く見られることに気づいたと語っています。

そのため、伝えたい専門技術だけを一方的に公開するのではなく、視聴者から寄せられる希望も聞きながらテーマを決めています。ここが、初心者にも見やすいチャンネルになっている理由です。

かぎ針・棒針・アフガン編みを動画で学べる

あみものワールドでは、基本的な作り目やゴム編みの止め方から、ウェアの肩をはぐ方法、モチーフ、アフガン編みまで幅広く紹介しています。

アフガン編みとは、棒針とかぎ針の特徴を組み合わせたような長い針を使い、往復しながら編み地を作る技法です。厚みのあるしっかりした編み地になりやすく、バッグやジャケット、小物などに向いています。

チャンネルでは、次のような作品や技法が扱われています。

  • ベレー帽やニット帽
  • 直線編みのレーシーベスト
  • 夏用カーディガン
  • ポットマット
  • バッグや巾着
  • ペットボトルカバー
  • コードの編み方
  • セーターの肩のはぎ方
  • アフガン編みの基礎

2026年7月時点でも、かぎ針編みや棒針編み、アフガン編みの新しい動画が更新されています。テレビ出演が減ったことで「現在は活動していないのでは」と感じる人もいるかもしれませんが、動画では今も精力的に編み物を伝えています。

動画と編み図を組み合わせて作品を作れる

YouTubeで紹介された一部の作品には、広瀬光治さんが手書きした編み図が用意されています。

編み図だけを見て進めるのが難しい場合でも、動画で針の動かし方や糸のかけ方を確認できます。反対に、動画だけでは目数や段数を追いにくい場合は、編み図が役立ちます。

編み図には関連動画のQRコードも記載されており、スマートフォンなどからすぐに解説動画を開けるようになっています。

教室へ定期的に通うのが難しい人でも、自分のペースで広瀬光治さんの作品に挑戦できます。動画と編み図の両方を使える仕組みは、現在の編み物学習に合った方法ですよね。

広瀬光治の編み物本は初心者向けから模様編み集まで豊富

広瀬光治さんは、これまでに数多くの編み物本や作品集を発表しています。

本によって難易度や内容が異なるため、初心者が基礎を学びたいのか、模様編みを増やしたいのか、作品を鑑賞したいのかによって選ぶと分かりやすいでしょう。

初心者には『広瀬光治のあみものの基礎』

編み物を一から学びたい人には、『広瀬光治のあみものの基礎 初心者のための編物基礎ブック』があります。

基本的な道具の扱い方や編み方を、初心者向けにまとめた本です。動画よりも自分のペースでページを戻りながら確認したい人や、手元に基礎資料を置いておきたい人に向いています。

広瀬光治さんの華やかな作品を見て、「難しそう」と感じる人もいるかもしれません。しかし、基礎を扱った本や簡単な作品も数多く発表しており、初心者を置き去りにしない姿勢が伝わってきます。

道具を使わず始めるならゆび編みの本

編み針を使うことに不安がある人には、ゆび編みを扱った本があります。

『誰でもできる かんたんゆび編み』では、針を使わず、糸と指だけで編む作品を紹介しています。マフラー、帽子、マーガレットなど、編み物初心者でも比較的短時間で完成させやすい作品が中心です。

ほかにも、『広瀬光治のゆび編みレッスン』『ゆびで編むニットの小もの』『広瀬光治のかんたんラクラクゆび編み入門』などがあります。

ゆび編みは、編み物を始めるきっかけを作りたい人や、子供と一緒に楽しみたい人にも取り入れやすい方法です。

本格的な作品を編むなら模様編みやアフガン編みの本

編み物に慣れている人には、『華麗なニット 模様編み250』や『大人のニット“アフガン編み”』などがあります。

『華麗なニット 模様編み250』は、広瀬光治さんの作品を特徴づける模様編みを数多く収録した本です。自分でセーターやカーディガンをデザインしたい人にとっても、模様選びの参考になります。

『大人のニット“アフガン編み”』には、アフガン編みを使った大人向けのウェアが掲載されています。小物中心の本から一歩進み、ジャケットなどの着用作品を編みたい人に向いています。

さらに、『広瀬光治が編む伝統のニット』『広瀬光治の華麗なニット』など、伝統的な技法と広瀬光治さんらしいデザインを楽しめる作品集も発表されています。

作品だけでなく人物像を知れる本もある

編み方以外に広瀬光治さんの人生や考え方を知りたい場合は、エッセイや人物本もあります。

『羊からの贈りもの』には、ニットにまつわるエッセイや男性との編み物対談、イギリスやアイルランドのニット紀行などが収録されています。

NHK『トップランナー』の放送内容をもとにした『広瀬光治 ニット界の貴公子』では、編み物との出会いや水産会社から編み物の世界へ進んだ経緯、作品に対する考え方が紹介されています。

完成作品を見るだけでは分からない、広瀬光治さんの発想の源や人生を知ることで、ニット作品の見え方も少し変わってきますね。

広瀬光治の現在は71歳!テレビより教室とYouTubeを重視

広瀬光治さんは1955年1月28日生まれのため、2026年7月現在は71歳です。

テレビで見る機会は以前より少なくなりましたが、編み物を引退したわけではありません。

テレビ出演を減らした理由は年齢を意識したため

広瀬光治さんは2024年のインタビューで、テレビの仕事をほぼ断っていると明かしました。

69歳になり、自分の姿をテレビで見ることに抵抗を感じるようになったため、表舞台から少しずつ離れたいと考えていたそうです。一方で、本業である編み物には力を入れており、学院での指導やYouTubeを続けていました。

そのため、テレビで見かけなくなったことを「引退」や「活動休止」と結びつけるのは正確ではありません。活動の場をテレビから教室やインターネットへ移しているというほうが、現在の様子に合っています。

現在も公式YouTubeで新しい作品を紹介

公式YouTubeでは、2026年に入ってからも新しい編み物動画が公開されています。

かぎ針、棒針、アフガン編みなど、さまざまな技法を使いながら、ウェアや小物の作り方を伝えています。過去の華麗な作品を見せるだけでなく、余り糸を使える作品や少ない材料で完成する小物など、現在の視聴者が作りやすいテーマも増えました。

公式の編み図ショップも運営されており、動画で紹介した作品の編み図を購入できます。少なくとも、YouTubeと編み図販売を通じた活動は現在も続いていることが確認できます。

元気なうちは新作と技術の伝承を続けたい

広瀬光治さんは、元気なうちは新しい作品を作り、技術を伝えていきたいと話しています。

2024年にはエストニアとラトビアを訪れ、現地の伝統的なニット作品から刺激を受けたそうです。長い経験を持ちながらも、海外の手仕事から新しいものを吸収しようとしていました。

広瀬光治さんがYouTubeを始めた背景にも、自分が身につけてきた技術を映像として残したいという思いがあります。編み物の技法は、記号や文章だけでは伝えにくい部分が少なくありません。

手元の動きを動画に残すことで、現在の愛好家だけでなく、これから編み物を始める世代にも技術を届けられます。テレビの人気者から技術を伝える指導者へと、活動の重心を移していることが分かりますね。

広瀬光治の編み物に関するまとめ

  • 広瀬光治さんは「ニット界の貴公子」と呼ばれるニットデザイナー
  • 1955年1月28日生まれで、2026年7月現在は71歳
  • 母親が洋裁の仕事をしており、幼いころから洋服に興味を持っていた
  • 中学から高校時代に編み物を始め、独自の型紙や模様を考えていた
  • 高校卒業後は水産会社の経理部で働いていた
  • 会社員として働きながら霞ヶ丘技芸学院の夜間部で編み物を学んだ
  • 1978年に日本ヴォーグ社へ入社し、編集者や編み物講師として活動した
  • 1993年のNHK『おしゃれ工房』出演をきっかけに全国的な人気を得た
  • セーターやカーディガンだけでなく、ニット帽、バッグ、手袋なども手がけている
  • 霞ヶ丘技芸学院の院長として編み物の指導に携わってきた
  • 2022年から公式YouTube「広瀬光治のあみものワールド」を運営している
  • 現在はテレビよりも、教室、動画、作品制作、技術の伝承に力を入れている

広瀬光治さんは、華やかなニット作品で人々を魅了するだけでなく、編み物を初めて経験する人にも楽しさを伝えてきました。長年培った技術が動画や編み図として残されていくことで、これからも新しい世代の編み物愛好家に受け継がれていきそうです。

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  • どうもこんにちは。
    クウちゃんパパと申します。
    現在長崎県は長崎市に住んでいる団塊世代の親父です。

    団塊世代とはなりましたが、老け込むにはまだまだ先の話。
    今は時間の制限も無く、1日置きに介護事業所の送迎車の運転手として勤めながら、適度の運動(ウオーキング程度)と妻・愛猫のクウちゃんと面白おかしく日々を過ごしております。

     

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