二階堂有希子は2026年7月3日に死去!死因は老衰|現在・晩年や初代峰不二子の功績を解説
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声優
アニメ『ルパン三世 PART1』で、初代・峰不二子役を務めた二階堂有希子さん。落ち着きと色気を感じさせる声で峰不二子を演じたほか、女優や洋画の吹き替えでも活躍しました。
2026年7月17日、二階堂有希子さんが同年7月3日に87歳で死去していたことが発表されました。長年、公の場に姿を見せていなかったため、死因は何だったのか、病気や持病はあったのか、現在までどのように暮らしていたのかが気になるところですよね。
この記事では、二階堂有希子さんの死去日や死因、11年間にわたる介護施設での生活を一つずつ詳しく見ていきます。あわせて、家族葬や追悼の場所、夫の柳生博さんや息子との関係、初代・峰不二子役や八ヶ岳倶楽部で残した功績も紹介します。
二階堂有希子は2026年7月3日に死去|死因は老衰
二階堂有希子さんの死去について、家族から発表された主な内容は次のとおりです。
- 死去日は2026年7月3日
- 家族発表による没年齢は87歳
- 死因は老衰
- 次男の柳生宗助さんが訃報を発表
- 晩年の11年間は介護施設で生活
- 2026年7月7日に家族葬を実施
- お別れの会は開催しない予定
死去から発表まで約2週間あったため、突然の訃報に驚いた人も多いはずです。まずは、いつ亡くなったのか、死因や病気に関して何が公表されているのかを見ていきましょう。
二階堂有希子の死去日は2026年7月3日
二階堂有希子さんは、2026年7月3日に亡くなりました。訃報が公表されたのは、死去から14日後となる7月17日です。
発表したのは、二階堂有希子さんの次男で、山梨県北杜市にある八ヶ岳倶楽部の代表を務める柳生宗助さんでした。八ヶ岳倶楽部の公式SNSを通じて、女優・声優として活動した母・柳生加津子さんが亡くなったことを報告しています。二階堂有希子は芸名で、本名は柳生加津子です。
八ヶ岳倶楽部は、二階堂有希子さんが初代社長を務めた場所でもあります。芸能活動を離れた後も深く関わった施設から訃報が伝えられたことで、二階堂有希子さんの後半生と八ヶ岳倶楽部との強いつながりが改めて注目されました。
二階堂有希子の死因は老衰
二階堂有希子さんの死因は、家族から「老衰」と発表されています。事故や事件による死去ではなく、穏やかな最期だったと伝えられました。
厚生労働省の死亡診断書記入マニュアルでは、死因としての老衰は、高齢者でほかに記載すべき死亡原因がない自然死の場合に用いると説明されています。高齢であるという理由だけで自動的に記載されるものではなく、医師が死亡までの経過を踏まえて判断します。
二階堂有希子さんについて、家族は具体的な病名ではなく老衰と発表しています。そのため、現時点で確認できる死因は老衰であり、別の病気が直接の死因だったとの情報は出ていません。
病気や持病は公表されていた?
二階堂有希子さんが晩年に患っていた病気や持病について、具体的な病名は公表されていません。
家族から明かされたのは、亡くなるまでの11年間を介護施設で過ごしていたことと、老衰により亡くなったことです。入院や手術、闘病生活、介護施設に入居した理由についての詳しい説明はありませんでした。
介護施設で長く暮らしていたと聞くと、何らかの重い病気があったのではないかと感じる人もいるかもしれません。しかし、施設への入居だけでは健康状態や病名までは分かりません。
二階堂有希子さんについて確認できるのは、晩年に介護を受けながら生活し、老衰によって亡くなったというところまでです。特定の病気や障害が死因だったとの公式発表はありません。
二階堂有希子は何歳で亡くなった?
二階堂有希子さんの没年齢は、家族発表で87歳です。訃報を伝えたテレビ局や新聞、芸能メディアも、家族発表をもとに87歳と報じています。
一方、過去の芸能プロフィールには、二階堂有希子さんの生年月日を1940年10月27日とする記載がありました。1940年生まれの場合、2026年7月時点では85歳になるため、家族が発表した87歳とは一致しません。
家族の発表では、出生年に違いがある理由までは明かされていません。古い芸能プロフィールと実際の出生年が異なっていた可能性もありますが、詳しい経緯は不明です。
死去に関する年齢については、二階堂有希子さんを長年支えてきた家族が直接発表した「享年87」を優先するのが分かりやすいでしょう。
2026年7月7日に家族葬が行われた
二階堂有希子さんの葬儀は、2026年7月7日に家族だけで静かに執り行われました。
お別れの会については、開催する予定がないと発表されています。ただし、2026年末まで八ヶ岳倶楽部の中庭にある「柳庵」が、二階堂有希子さんを偲ぶ場所として設けられ、訪れた人が記帳できるようになっています。
大規模な追悼行事ではなく、二階堂有希子さんが長年関わった八ヶ岳の森で思いを寄せられる形が選ばれました。自然や美しいものを愛した二階堂有希子さんらしい見送り方だったことが伝わってきます。
二階堂有希子のプロフィール
| 項目 | 内容 | 補足 |
|---|---|---|
| 芸名 | 二階堂有希子 | にかいどう・ゆきこ |
| 本名 | 柳生加津子 | やぎゅう・かつこ |
| 誕生日 | 10月27日 | 出生年は資料によって違いあり |
| 出身地 | 東京都 | 旧東京市淀橋区との記載あり |
| 職業 | 女優・声優 | 洋画の吹き替えでも活動 |
| 代表作 | 『ルパン三世 PART1』 | 初代・峰不二子役 |
| 夫 | 柳生博 | 俳優・司会者、2022年死去 |
| 長男 | 柳生真吾 | 園芸家、2015年死去 |
| 次男 | 柳生宗助 | 八ヶ岳倶楽部代表 |
| 死去日 | 2026年7月3日 | 7月17日に訃報を発表 |
| 没年齢 | 87歳 | 家族発表 |
| 死因 | 老衰 | 具体的な病名は公表されず |
| 現在 | 死去 | 晩年は介護施設で生活 |
二階堂有希子さんは、女優や声優として活動した後、八ヶ岳倶楽部の運営にも携わりました。初代・峰不二子役だけでは語り切れない、幅広い活動を続けた人物です。
二階堂有希子の現在|晩年は11年間介護施設で生活
二階堂有希子さんの現在に関する最新情報は、2026年7月3日に亡くなったという家族発表です。
亡くなる前は芸能界の第一線から長く離れていたため、現在は何をしているのか、八ヶ岳倶楽部で暮らしているのかと関心を集めていました。
- 晩年の11年間は介護施設で生活
- 具体的な入居理由や病名は非公表
- 2015年のインタビューが最後の芸能活動
- 八ヶ岳倶楽部の運営からも離れていた
- 家族によると穏やかな晩年を過ごしていた
ここからは、二階堂有希子さんが公の場から離れた後、どのような生活を送っていたのかを紹介します。
晩年の11年間は介護施設で暮らしていた
二階堂有希子さんは、亡くなるまでの11年間を介護施設で過ごしていました。
次男の柳生宗助さんは、施設職員による献身的な介護を受け、二階堂有希子さんが穏やかで幸せな時間を過ごしていたと報告しています。入居していた施設の名称や所在地、介護を受けることになった詳しい経緯は公表されていません。
11年間という期間をさかのぼると、2015年ごろから施設で生活していたことになります。夫の柳生博さんが2022年に亡くなるよりも前から、二階堂有希子さんは介護施設で暮らしていたことが分かります。
家族は病気や体調の詳しい変化には触れず、穏やかな晩年だったことを中心に伝えました。表に出る機会はなくても、施設職員や家族に支えられながら静かな時間を過ごしていたのでしょう。
2015年のインタビューが最後の芸能活動
二階堂有希子さんの最後の芸能活動は、2015年に発売された『ルパン三世DVDコレクション』に掲載されたインタビューだったと報じられています。
同誌では、初代・峰不二子役を担当した女優として、二階堂有希子さんへの独占インタビューが掲載されました。その後、新しい出演作品や公の場での活動は確認されていません。
1970年代以降は女優としての出演が減り、声優や吹き替えの仕事を中心に活動しました。1989年に八ヶ岳倶楽部が開業してからは、施設の経営やギャラリー運営にも力を注いでいます。
2015年以降の様子がほとんど伝えられていなかったため、二階堂有希子さんの現在を知りたい人が増えていました。今回の家族発表によって、長期間にわたり介護施設で暮らしていたことが初めて広く伝えられた形です。
夫・柳生博は2022年に死去
二階堂有希子さんの夫は、俳優や司会者として活躍した柳生博さんです。
二階堂有希子さんと柳生博さんは、若い劇団員だった時代に知り合い、1964年に結婚しました。柳生博さんはドラマや映画への出演に加え、クイズ番組『100万円クイズハンター』の司会などでも親しまれました。
夫婦は芸能活動を続けながら、山梨県北杜市の八ヶ岳南麓で森づくりを始めます。その森を生かして1989年に開業したのが、レストランやギャラリーを備えた八ヶ岳倶楽部でした。
柳生博さんは2022年4月に85歳で亡くなっています。柳生博さんの死因も老衰と発表されており、二階堂有希子さんは夫に先立たれてから約4年後に旅立ちました。
長年連れ添い、芸能活動だけでなく森づくりや施設経営にも取り組んだ夫婦でした。二階堂有希子さんの人生を振り返るとき、柳生博さんと築いた八ヶ岳での暮らしは欠かせません。
長男・柳生真吾は2015年に死去
二階堂有希子さんと柳生博さんの間には、2人の息子がいます。
長男の柳生真吾さんは園芸家として活動し、NHKの園芸番組などにも出演していました。しかし、2015年5月に47歳で亡くなっています。
次男の柳生宗助さんは、現在、八ヶ岳倶楽部の代表を務めています。今回の二階堂有希子さんの訃報も、柳生宗助さんの名前で発表されました。
柳生宗助さんは、母が亡くなった後、柳生博さんや柳生真吾さんと再会し、3人で八ヶ岳倶楽部を見守っているのではないかとの思いをつづっています。
夫と長男を先に見送った二階堂有希子さんを思う、家族の温かい言葉が印象に残ります。
二階堂有希子は初代・峰不二子役として活躍
二階堂有希子さんは、アニメ『ルパン三世 PART1』で初代・峰不二子役を務めたことで広く知られています。
ただし、二階堂有希子さんの仕事はアニメだけではありません。女優として映画やテレビドラマ、舞台に出演し、海外作品の吹き替えでも活躍しました。
- 『ルパン三世 PART1』の峰不二子役
- 『忍風カムイ外伝』のスガル役
- 『母をたずねて三千里』のアンナ・ロッシ役
- グレース・ケリーなど海外俳優の吹き替え
- 映画やテレビドラマへの出演
- 八ヶ岳倶楽部の初代社長
初代・峰不二子の声だけでなく、女優や経営者としても多くのものを残しています。
『ルパン三世 PART1』で初代・峰不二子を担当
二階堂有希子さんは、1971年に放送が始まったテレビアニメ『ルパン三世 PART1』で峰不二子の声を担当しました。
二階堂有希子さんが演じたのは第1シリーズで、後のテレビシリーズでは増山江威子さんが峰不二子役を引き継いでいます。二階堂有希子さんの峰不二子は、落ち着いた大人の声と妖艶な雰囲気が特徴でした。
第1シリーズは後の作品と比べてハードボイルドな要素が強く、二階堂有希子さんの低く知的な声が初期の峰不二子像を支えています。現在も初代・峰不二子の声を高く評価するファンは少なくありません。
二階堂有希子さんの死去を受けて、『ルパン三世』公式も長年の活動への感謝とともに追悼の言葉を発表しました。
初代・峰不二子役として出演した期間は第1シリーズだけでしたが、二階堂有希子さんの声は作品の原点を作った大切な要素として残っています。
初代『ルパン三世』の主要声優が全員死去
二階堂有希子さんの死去により、1971年版『ルパン三世』で主要人物を演じた初代声優は全員が亡くなりました。
初代ルパン三世役の山田康雄さんは1995年、次元大介役の小林清志さんは2022年、石川五ェ門役の大塚周夫さんは2015年、銭形警部役の納谷悟朗さんは2013年に亡くなっています。
峰不二子役を務めた二階堂有希子さんの死去によって、第1シリーズの主要キャスト全員が旅立ったことになります。この知らせに、長年作品を見てきたファンからは、昭和のアニメを支えた声優たちを惜しむ声が寄せられました。
主要キャスト本人たちは亡くなりましたが、演じた声は作品の中に残り続けます。半世紀以上にわたって愛される『ルパン三世』の原点を築いた功績は、これからも語り継がれていくはずです。
女優や洋画の吹き替えでも活動
二階堂有希子さんは、主に1960年代に映画やテレビドラマ、舞台へ出演しました。
女優として『夫婦百景』や『暖春』などに出演したほか、洋画の吹き替えにも数多く参加しています。グレース・ケリーやカトリーヌ・ドヌーヴなど、海外を代表する俳優の吹き替えを担当したことも報じられました。
アニメでは『忍風カムイ外伝』のスガル役、『母をたずねて三千里』のアンナ・ロッシ役やレナータ役などを担当しています。
アニメ声優という仕事が現在ほど独立した職業として知られていなかった時代、二階堂有希子さんは女優、吹き替え、アニメの垣根を越えて活動しました。
初代・峰不二子役の印象が強いものの、昭和の映像作品を声と演技の両方で支えた女優だったことが分かります。
八ヶ岳倶楽部の初代社長を務めた
二階堂有希子さんと柳生博さんは、1989年7月に山梨県北杜市で八ヶ岳倶楽部を開業しました。
八ヶ岳倶楽部は、レストランやギャラリー、ステージを備えた施設です。柳生博さんが森づくりに取り組む一方、二階堂有希子さんは初代社長として運営を支えました。
施設では、食事や飲み物を提供するだけでなく、木工やガラス、陶器などの作家による作品の展示や販売も行っています。二階堂有希子さんは気に入った作家の作品を長く購入し、展示会を開くことで信頼関係を築いていました。
芸能活動を離れた後も、人や作品が出会う場所を育て続けていたのです。八ヶ岳倶楽部に残るギャラリーや作品の数々からも、二階堂有希子さんの感性を感じることができます。
看板メニューのフルーツティーを考案
八ヶ岳倶楽部の看板メニューとして知られるフルーツティーは、二階堂有希子さんが考案したものです。
フルーツティーには7種類の果物とニルギリ紅茶が使われています。山まで訪れた客に、ぜいたくな紅茶を出したいという二階堂有希子さんの思いから生まれました。
現在も八ヶ岳倶楽部の公式サイトでは、フルーツティーを創業以来の看板メニューとして紹介しています。時間がたつにつれて果物の味が紅茶へ移り、一杯ごとに違った味わいを楽しめる点も特徴です。
二階堂有希子さんが亡くなった後も、その発想から生まれたフルーツティーは提供され続けています。声や映像作品だけでなく、味や場所としても二階堂有希子さんの感性が残っているのです。
二階堂有希子の死去・死因・現在に関するまとめ
- 二階堂有希子さんは2026年7月3日に死去した
- 訃報は2026年7月17日に次男の柳生宗助さんが発表した
- 没年齢は家族発表で87歳
- 死因は老衰と公表されている
- 具体的な病名や持病、介護施設への入居理由は公表されていない
- 晩年の11年間は介護施設で生活していた
- 家族によると、施設で穏やかな時間を過ごしていた
- 2026年7月7日に家族葬が執り行われた
- お別れの会は開催しない予定
- 2026年末まで八ヶ岳倶楽部の「柳庵」に追悼の場所が設けられる
- 2015年の『ルパン三世DVDコレクション』のインタビューが最後の芸能活動だった
- 『ルパン三世 PART1』で初代・峰不二子役を務めた
- 夫は俳優・司会者として活躍した柳生博さん
- 八ヶ岳倶楽部の初代社長を務め、看板メニューのフルーツティーを考案した
二階堂有希子さんは、初代・峰不二子の声だけでなく、八ヶ岳倶楽部の森やギャラリー、フルーツティーなど、さまざまな形で足跡を残しました。その声と美しいものを愛した感性は、作品や八ヶ岳の風景の中で、これからも多くの人の記憶に残り続けます。
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